「スマート農業で実現する地域総生産の向上」AIなどの新技術を地域の労働力へ

私たちが日々口にする「食」を支えているのは農業ですが、その農業が今、深刻な危機に直面しています。

特に、高齢化が進む地方において、若い世代の多くは都市部へと流出し、農業の後継者不足は年々深刻化しています。また、後継者不足の影響もあり、農繁期には多くの労働力が必要となりますが、農家の負担は増え、重労働や長時間労働を強いられることもあります。

現状が続いてしまうと、耕作放棄地の増加は避けられず、食料自給率の低下に繋がります。日本の食卓の安全を脅かすだけでなく、地域経済の衰退、日本ならではの農村風景などの文化の消失にも繋がる大きな問題です。

そこで、これらの課題を解決するために、北海道岩見沢市ではスマート農業の取り組みを始めています。

今回、北海道岩見沢市 情報政策部 鈴木氏に、起きている課題やスマート農業の詳細、今後の展望などについて伺いました。

北海道岩見沢市 情報政策部 鈴木氏

引用:農林水産省 「変化(シフト)する我が国の産業構造」
引用:農林水産省 「我が国の食料・農業・農村をとりまく状況の変化」

目次

北海道岩見沢市が抱える農業における労働力不足という課題

※出典:農林水産省「農業センサス」、農林水産省「耕地面積調査」、岩見沢市農務課調べ

──北海道岩見沢市では、どのような課題を感じていますでしょうか。

鈴木 岩見沢市は、人口は令和6年7月末時点で7万4672人と、年間約1000人ペースで減少し、人口減少がかなり深刻化しています。農業は、水稲や小麦、大豆、玉ねぎなどを中心として、作付面積、収穫量ともに全国上位の食料供給地ですが、2023年の農家戸数は786戸と、人口減少、少子高齢化に付随して、農業の就業人口の高齢化、担い手不足が深刻化しており、農家1戸あたりの経営耕地面積が増加傾向にあり、労働力不足が現れています。地域の労働力が、年々減少していく中で、農作物の総生産は低下させたくありません。このギャップと言われる部分をAIやロボティクス、ICTを活用して埋めていく取り組みを進めております。

ビッグデータを活用したスマート農業

これらの課題を解決するため、北海道岩見沢市では、スマート農業の取り組みを始めています。平成25年1月に「いわみざわ地域ICT(GNSS等)農業利活用研究会」が設立され、主にICTを活用した次世代農業の実現を目指す活動が展開されています。

設立当初は市内の営農者109名でスタートし、令和6年7月末時点では295名に拡大しています。

本研究会からのニーズを受け、2013年に「位置情報配信サービス」や「農業気象配信サービス」が始まり、同年には北海道大学などの関係機関、岩見沢において「産学官連携体制」も構築されました。

産学官連携のもとローカル5G 等を活用したロボットトラクターの遠隔自動走行の実装へ向けた実証実験を行うなど、ICT 利活用による農業の生産性の向上や農作業の効率化、最先端技術を活用したスマート農業の普及促進に向けた取り組みを実施しています。

──農業気象配信サービスはどのようなものでしょうか。

鈴木 農業気象サービスについては、市内13箇所に気象観測機を設置し、その情報を用いて50mメッシュ単位で様々な予測情報を提供する農業気象サービスを配信しています。パソコンでもスマートフォンでも見られる環境を整え、農業気象情報の配信だけでなく、市民に対して気象情報を提供しています。

内容としては、小麦、水稲、玉ねぎ、に関する50mメッシュごとの予測情報を提供するもので、農家の方は収穫などの作業スケジュールに活用しています。小麦の発芽の予測や出穂、成熟期の予測、降水量や気温、湿度といった気象情報から、病害虫予測などの情報提供も行っています。

──位置情報の配信サービスはどのようなものでしょうか。

鈴木 平成25年から位置情報配信サービスを開始しており、市内4箇所にRTKの基地局を設置し、この基地局から位置情報をトラクターなどの農機側が受信することで、誤差約2~3センチ以内でトラクターの走行が可能になります。RTKを活用し、重複幅の削減や旋回についても最適化でき、運転技術が未熟な農業者でも効率的に正確な作業ができるようになります。通常は隣のラインへ U ターンで入るため、枕地をバックや切り返し運転をする必要がありますが、位置情報を利用することで1筆書きのように走行することもでき、作業時間の短縮や枕地部分を痛める可能性を少なくすることができます。

──産学官連携における取り組みについても教えてください。

鈴木 農業における課題の解決や生活環境の向上、スマートアグリシティを目指し、岩見沢市はNTTグループ、北海道大学と令和元年6月より産学官連携協定を締結しています。様々な実証事業に取り組んでおり、令和2,3年度にはローカル5Gを活用したスマート農機の遠隔監視による労働時間の削減を目指すためのスマート農業実証プロジェクトを行いました。コンバインやトラクターなどの農機を、約10キロ離れた遠隔監視制御室から監視したり、制御したりする実証です。障害物があった際に自動走行モードに切り替え、遠隔監視制御室からトラクターを操縦して障害物を避ける実証も行いました。

──現在、どのような成果が出ておりますでしょうか。

鈴木 成果として、ロボットトラクターを対象とした労働時間に関して、目標としていた70%削減に対して69%削減を達成しました。コンバインの作業においても、人件費の削減ということで、目標としていた50%に対して44%削減と、おおむね目標を達成できています。農家さんの人件費の減少、農家利益という点においても、ローカル5Gの構築費を岩見沢市などの自治体が負担するという前提条件となりますが、55.2%改善できるという結果が出ています。

──AIなどの新技術を駆使して、成果も出ている状況なのですね。

鈴木 そうですね。様々なサービスにおいてAIを活用しております。2023年度は、総務省の実証事業として「土地利用型農業におけるローカル5G等の無線技術を用いた自動走行トラクター実装モデルの高度化」の事業を実施しました。これは、トラクターの前方カメラの映像から、人が飛び出してきたら人を検知して制御するAIや、クラクションなどの異音を検知して制御するAIなどを実装し、遠隔監視下でより安全な農機の自動走行を行えるようにしようというものです。農機に搭載されているレーザーに加えて、周囲の状況を把握するためにAIを用いた実証事業も行っています。映像、異音ともに、検出に成功しており、有効性が認められています。

岩見沢市の情報通信基盤

──スマート農業をスムーズに導入することができた背景にはどんなものがあったのでしょうか。

鈴木 岩見沢市では通信基盤が整っていたことが大きいです。平成9年度から、市内の公共施設や小中学校、医療施設などを結ぶ自営光ファイバを整備してきました。これは主に施設間における行政ネットワークとしての利用や地域BWA環境を構築し、家庭向けのインターネット利用などに活用されてきましたが、この強みをスマート農業にも活かしています。地域 BWA により、通信環境があまり整っていなかった農地も環境が整備され、トラクターなどの遠隔監視に必要な映像伝送をはじめ、スマートフォンなどの移動可能な通信端末でも通信が可能となりました。これらの取り組みによって、スマート農業の推進や、市民生活の質の向上に取り組んでいます。

──光ファイバによる通信基盤が整っていたのですね。岩見沢市としてスマート農業への取り組みに前向きだったのでしょうか。

鈴木 そうですね。岩見沢市がICT環境の整備や施策の推進に積極的であったことに加え、研究会の農家さんも、スマート農業に対して非常に前向きでした。また、農地が1つ1つ小さいと、スマート農機を導入しても作業時間の削減効果は限定的になってしまいますが、岩見沢市は農地が大きく、スマート農業を導入することによるメリットが大きいこともあります。また、農地整備事業によって、複数の小さい農地や、形がいびつな農地などを大区画化する取り組みも、国や道などの事業で行われおり、スマート農業を実施しやすい環境であることも挙げられます。

AIを活用し更なる地域総生産の向上へ

──現在の取り組みの中で、課題に感じていることはありますでしょうか。

鈴木 現在のガイドラインでは、遠隔監視を行う場合でも、農機の近くに監視役を配置し、例えば人が飛び出してきたり、危険な状況になった際に農機を停止させる必要があります。つまり、遠隔監視であっても、現地に監視役を配置しなければならないという課題があります。遠隔監視を導入する目的は、現地での作業員の負担を軽減することですが、現状では、遠隔監視であっても現地に人がいなければならないため、まだまだ効率化できると考えています。AI技術を活用することで、遠隔監視を行う際にも、現地に監視役を配置しなくても良いようにする必要があると考えており、今後もガイドラインの改訂に向け、様々な実証に取り組んでいきます。

──今後の展望についてもお聞かせください。

鈴木 今後、産学官連携の中で、農機のシェアリングサービスや、農作業の請負サービスなどを展開していきたいと考えています。農家さんの数が減少し、人手不足が深刻化する中で、外部に農作業を委託することで、地域の総生産を減らすことなく、維持・向上を図ることが可能になります。これらのサービスを通じて、農業従事者の負担軽減と、地域農業の活性化を目指します。

──実際に、取り組みに対する反響の声なども上がっておりますでしょうか。

鈴木 そうですね、研究会の中でも「なくてはならないもの」という声が上がっています。位置情報を受信して自動走行する農機があれば、走行ラインがずれないように神経を使って運転する必要や、作業機の確認のために後ろ向きで運転する必要が無くなるほか、農家さんの奥様やご家族の方など、運転技術が未熟な方でも農作業を行うことが可能となり、とても評判が良いです。

参考情報

  • 北海道岩見沢市 スマート農業に関する資料
よかったらシェアしてください!
  • URLをコピーしました!
目次