近年、グローバル化や社会構造の変化に伴い、私たちのまちには外国人留学生や外国人労働者、共働き世帯が増加しています。これはまちに活力を与える喜ばしい変化である一方、行政サービスを提供する市役所にとって、従来型のコミュニケーションのあり方を見直す必要性が生じています。
外国人留学生の数は、2011年の約16万人から2023年5月時点で27万人を超えており増加の一途を辿っています。同様に、外国人労働者の数に関しても、2011年の約68万人から2023年には200万人を超えています。人手不足が深刻化する中、様々な業種で外国人労働者の存在感が高まっており、例えば飲食店や介護施設などでは欠かせない存在となっています。
一方で外国人によるごみ分別の問題は、国によって異なるごみの分別方法や回収ルールなどが原因となり、一部地域で深刻化しています。慣れない土地で、慣れないルールに対応するのは外国人にとっても容易ではありませんので、地域のサポートが重要になっています。
また、共働き世帯は、2011年には1,000万未満でしたが、年々増加し2019年には1,200万世帯を越えています。これは、女性の社会進出が促進され、男女ともに能力を活かせる社会へと前進していることを示す明るい兆候である一方で、従来のライフスタイルに基づいた行政サービスには、変化への対応が求められています。特に、市民生活の基盤を支える市役所において、その必要性はますます高まっています。
これまで市役所は、平日の日中に窓口を訪れることができるという前提のもとで、様々なサービスを提供してきましたが共働き世帯にとって、仕事の合間を縫って市役所に行くことは容易ではありません。
これらの課題を解決するために大分県別府市では、新技術である生成AIを活用したチャットボットサービスの取り組みを始めています。
今回、大分県別府市情報政策課 五十川氏、明田氏に、地域の課題や生成AIを活用したチャットボットサービスの詳細、今後の展望などについて伺いました。
引用:文部科学省 「「外国人留学生在籍状況調査」及び「日本人の海外留学者数」等について」
引用:厚生労働省 「「外国人雇用状況」の届出状況まとめ」
引用:厚生労働省 「共働き等世帯数の年次推移」
引用:立命館国際地域研究 筒井 久美子 「別府市における留学生の体験と異文化適応 ― 多文化共生社会を目指して ― 」
引用:大分県国際政策課 「大分県 市町村別 在留外国人数(国籍・地域別)」
LINEを活用したAIチャットボットで、多文化共生へ

大分県別府市情報政策課 五十川氏
──別府市は外国人が多く住んでいるとお聞きしましたが、どのような課題を抱えているのでしょうか。
五十川 そうですね。別府市は、留学生が多く在籍する大学もあり、全国的に見ても外国人の比率が高いです。国によってはごみの分別方法など、文化や習慣の違いから、日本では当然とされていることが理解されない場合もあります。実際、分別方法の違いによるトラブルや、分別ミスによる異常なゴミの排出などが報告されていました。
──確かに文化が異なることもあるので、何かしらのサポートが必要になりますね。
五十川 そこで、外国人の方々ともスムーズにコミュニケーションを取るため、令和元年10月1日から自治体の公式LINEを開設しました。現在では約2万7000人もの方に登録していただいており、これは県内でもかなり多い方だと聞いています。LINEの運用は、最初は標準装備の機能だけでしたが、その後、他のサービス会社とも契約し、様々なオプションを追加し、サービスを拡大していきました。

──具体的にはどのような取り組みを行ったのでしょうか。
五十川 令和元年10月のLINE開設から翌年2月には、日本語、英語に対応したごみの分別案内サービスを、チャットボットで開始しました。そのサービスは、入力されたワードに対して、登録されている情報の中から完全一致するものだけに回答するものからAIを活用し、登録されている情報の中から完全一致しなくても回答するようアップデートしました。
LINEを起点としたソリューション

──LINEを活用したサービスは他にもありますか。
五十川 はい。令和3年度の2月には、ライフイベントのチャットボットサービスを開始しました。これは、Q&Aのように、こちらから質問を投げかけると、それに沿って回答が返ってくるサービスです。その翌年度以降、さらに分野を広げ、障害福祉や子育て、ごみとリサイクルなど、様々な分野にサービスを拡大しています。

──具体的にどんなLINE画面になるのでしょうか。
五十川 例えば、①ごみ分別案内のチャットボットにおいては、検索窓にキーワードを入力すると、そのワードに対応するごみの分別方法が表示されます。日本語と英語に対応しており、英語の単語を入力すると、もちろん英語で回答が表示されます。②「手続きを調べる」からは、転入や転出など、項目を選ぶことでそれに応じた質問が表示され、Q&A形式で回答が得られます。③「ごみと資源の収集カレンダー」から地域別にごみ収集日が確定できるカレンダー形式の画像を取得することができます。
※文章内の番号は上記画像内の番号に対応しています。
──現在の利用状況についても教えてください。
五十川 ライフイベント等のサービスについては、毎月400件前後、利用されています。特に3月などの年度末は、引っ越しなど異動が多い時期なので、比較的多く利用されています。ごみ分別やごみと資源の収集カレンダーについては、それぞれ毎月3000件ほどの利用があり、そのうち英語の検索は約100件ほど利用されています。利用者からの質問に対して回答ができていないケースなどがあれば、随時回答できるように定期的に対応しています。このように、利用状況を把握しながら、より使いやすいサービスを目指して、日々運用しています。


生成AIを活用しさらに高度なコミュニケーションへ

大分県別府市情報政策課 明田氏
──現在、新たな取り組みもされているのでしょうか。
明田 令和6年3月からは、新たに生成AIを活用した子育て分野における市民向けチャットボットサービスの実証運用も開始しています。従来のチャットボットのように私たちがシナリオを設定する必要はなく、利用者は、言葉で質問を入力するだけで、AIがその内容を理解し、適切な回答を返してくれます。

──初めの実証実験として、子育て分野を選択した理由はなんでしょうか。
明田 子育て分野に関するお問い合わせは、基本的に30代から40代の方が中心です。この世代は、皆さんスマートフォンを持っていて、操作にも慣れているため、LINE公式アカウントとの親和性も非常に高いと考えたためです。また、子育て世代は働き盛りの世代でもあるため、日中は仕事をしていて、なかなか市役所に問い合わせをする時間を取れないという方も多いです。そこで、24時間365日、調べたいと思った時に、LINEで問い合わせることができれば、大変便利なのではないかと考えました。
──なぜ生成AIを新たに導入しようと思ったのでしょうか。
明田 現在提供しているチャットボットサービスは、質問に対する回答が固定されている方式(シナリオ型)で、質問を選択するとあらかじめ設定している内容を返答する方式です。 このシナリオ型は、回答を誤る可能性は低いものの、事前に準備した質問内容と違うものは回答が用意されていない、という特徴があります。利用者である市民の立場に立つと、自分の知りたい情報に合致しない、ということは大きなデメリットと考えています。シナリオ型のチャットボットサービスのデメリットを踏まえ、「別府市の情報」を対象として「正しい回答」を行う仕組みを構築したい。そこで重要になってくるのが「生成AI」と考えました。
──今後の展望についてもお聞かせください。
明田 この生成AIを活用したチャットボットは、今後、さらに対応分野を広げていきたいと考えています。最終的なゴールとしては、市役所に来なくてもスマホから何でも質問に答えてくれる、そんな状態を目指しています。市民の皆さんには、もう市役所に電話をかけなくてもいい、スマホから質問すれば大丈夫、と感じていただきたいです。そうすれば、電話による問い合わせ件数が減り、職員の負担軽減にもつながります。また、市民の皆さんにとっても、聞きたい時にいつでも質問でき、的確な回答が得られるのであれば、利便性の向上につながるはずです。将来的には、あらゆる分野を網羅したチャットボットを構築し、市民の皆さんの生活をより豊かに、快適なものにしたいと考えています。
新技術の特性を正しく理解し、段階的な導入で活用を進める
──このような先進的な取り組みは他の地方自治体においても応用できますよね。
明田 そうですね。情報発信やデータの共有などは、活用できるかと考えています。例えば、このLINE公式アカウントで運用しているごみの分別案内サービスは、過去に他の自治体さんからお問い合わせをいただき、データを提供したことがあります。もちろん、自治体によってごみの分別方法が異なる場合があるので、その点は事前に確認していただくようお願いしています。このように、私たちの取り組みが、他の自治体の参考になり、より良いサービスの提供につながることは、大変喜ばしいことです。今後も、積極的に情報共有や連携を行っていきたいと考えています。
──最後に、これから生成AIを導入したい地方自治体を含む、読者へのメッセージをお願いします。
明田 新技術に対して抵抗感を抱く自治体も多いと思いますが、生成AIの特性や機能を正しく理解した上で利用するのであれば、決して怖いものではありません。まずは、実際に使ってみることが重要です。まず、ChatGPTなどの汎用的な生成AIを業務効率化に活用し、次に市民向けのサービスとして公開するなどステップを踏むことで、より導入しやすくなると思います。私たちも段階を踏んだ生成AIの活用を通して、生成AIの特性や機能を理解し、ノウハウを蓄積しています。大切なのは、過度に恐れることなく、積極的にチャレンジしていくことだと考えています。
参考情報
- 大分県別府市 LINEサービス説明資料
- 大分県別府市 HP:https://www.city.beppu.oita.jp/