地方が抱える深刻な課題の一つに、交通網の衰退があります。特に、過疎化や高齢化が進む地域においては、バスやタクシーなどの公共交通機関の縮小や廃止が相次ぎ、住民の生活に大きな影響を与えています。
この問題の原因には、運転手不足という深刻な課題が存在します。長時間労働や低賃金、高齢化による担い手不足、若者の車離れなど、運転手を取り巻く環境は厳しさを増しており、需要に合った輸送サービスの提供はますます困難になっています。
さらに、地方都市の交通事情は、需要と供給のミスマッチも顕著です。人口減少や高齢化が進む一方で、病院への通院や買い物など、高齢者の移動ニーズは依然として高く、日中は交通機関が不足する一方、夜間や早朝は利用者が少なく、運行効率が低下するという課題もあります。
これらの問題は、単に移動手段の減少に留まりません。交通網の衰退は、地域住民の生活の質を低下させるだけでなく、経済活動の停滞、医療や福祉サービスの質の低下、地域間交流の減少など、さまざまな課題を引き起こします。
例えば、病院への通院や買い物など、日常生活に欠かせない移動手段が制限されることで、高齢者の外出機会は減少し、健康状態の悪化や社会的な孤立を招く可能性があります。
また、物流における遅延は、企業の納期遅延や商品不足を引き起こし、地域経済に打撃を与える可能性もあります。
鳥取県八頭郡智頭町では交通課題を解決するために、共助交通のAI乗合タクシーの取り組みを始めています。
今回、智頭町 企画課 西川氏に、交通課題やAI乗合タクシーの詳細、今後の展望などについて伺いました。

智頭町 企画課 西川氏
引用:国土交通省 「地域公共交通の現状と課題」
引用:国土交通省 「地域の公共交通を取り巻く現状と検討の視点・課題」
引用:国土交通省 「公共交通政策の現状と課題」
智頭町が抱えている交通の課題

──智頭町ではどんな交通の課題を抱えていたのでしょうか。
西川 智頭町では、令和に入る前から交通の維持が大きな課題となっていました。地域のタクシー会社やコミュニティバスを運行していた事業者から、「この先5年、10年、今の体制を維持できるかわからない」という話があったのです。全国的な課題として、ドライバー不足、特に若年層の担い手不足と高齢化が深刻です。コミュニティバスの運転手の平均年齢も60代前半で、この先5年、10年後を考えると、バス会社も運行継続に不安を感じていました。一部の高齢者や障がい者の方に対してタクシー助成を行っていましたが、需要に合った人員配置や営業を続けることは難しい状態でした。
──交通の維持に課題があったのですね。
西川 はい。そのような中、タクシー会社から、町内に他の交通事業者がいれば事業承継したいという話が持ち上がり、地域の交通をどう維持していくかが課題として浮上しました。ちょうどその頃、鳥取県内の別の自治体で路線バスが廃止になり、費用も多くかかってしまったという話を聞きました。智頭町でも同じことが起こるかもしれない、自分たちの地域の交通をどう残していくか真剣に考えなければいけないと痛感しました。鳥取県内の別の自治体で路線バスが廃止になり、代替手段の確保に費用も多くかかってしまったという話を聞きました。

──どの地域においてもドライバー不足や高齢化などは課題なのですね。
西川 智頭町において、ドライバー不足と高齢化の問題は深刻です。コミュニティバスの年間運行費用は4000万円以上でしたが、実際の利用状況を調べると、通園・通学で利用する子供たちを除くとほぼ一般の方の利用はない状態でした。
当時の運行状況は、定時定路線型で幹線道路しか走行できず、平日は8便、土曜日は3便、日曜祝日は運休でした。最寄りのバス停まで3km以上歩かなければならないケースもあり、地域住民を始め、観光で来訪される方にとっても利便性があまり良い状況ではなかったです。
──バスの利用者も減っているのでしょうか。
西川 そうですね。以前は人口が多くマイカーを持つ人が少なかったため、バスの利用者は多かったのですが、モータリゼーション社会の進展により現在では中山間地域ではマイカー依存が進み、公共交通機関を利用しない方も増えてきました。利用するのは高齢者や通園・通学する子供たちがほとんどで、それ以外の時間帯はほとんど利用がありませんでした。このような非効率な運行体制では、利用者の移動ニーズに対するサービス低下や財政を圧迫するばかりであるため、この共助交通の仕組みを導入することにしました。
共助交通システム、智頭町AI乗合タクシー のりりん

──交通において多くの課題が山積みだったのですね。どのように解決したのでしょうか。
西川 住民自らが運転する車両を活用した「住民参画型の共助交通」を導入することにしました。従来の行政主導の交通政策では限界があり、地域住民の協力が不可欠だと考えたのです。さらに、AIを活用し、乗り合い率を高めることで、少ない車両で効率的な運行を目指しています。このAIを活用した共助交通システムによって、住民の移動ニーズに応えながら、持続可能な交通システムを構築できると期待しています。
──共助交通システムのアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
西川 私が交通計画の担当になった当初は、交通事業者の方々に事業を継続してもらえるように、行政として様々な支援を検討していました。しかし、高齢化や採算性の悪化は深刻で、事業者からは撤退の意向も示されていました。そこで、行政だけでは解決できないと痛感し、住民の力を借りるという発想に至りました。智頭町には、「自分たちの地域は自分たちで守る」という意識が根付いていましたので、その地域力を活かし、住民参加型の交通システムを構築しようと考えたのです。
──AI乗合タクシー のりりんを導入した背景についてもお聞かせください。
西川 令和3年度に、町内の情報伝達ツールとして使用していた「IP告知端末」から、新たなコンテンツ(アプリ)を搭載した新端末への更新をしようとしておりました。ちょうどその頃、以前からお付き合いのあるNTTドコモさんに相談したところ、AIを活用した乗合バスシステムの実証実験を他の自治体や大学で行っていることを知りました。そこで、このAIシステムと新たに導入するIP告知端末を組み合わせることで、より便利で効率的な交通システムを構築できないかと考え、導入に至りました。
──住民の方の協力も得ながらAI乗合タクシーを導入していったのですね。
西川 約1年前から本格運行している「のりりん」ですが、導入までには3年間の実証実験を行いました。いきなりAIを使った新しい交通システムを導入すると、住民の皆さんに不安を与えてしまいますのでまずは地域の交通課題について説明し、段階的に規模を拡大していくことで、理解と協力を得ながら進めてきました。
利用者も増加している住民が繋ぐ移動の輪

──実際にのりりんを導入された反響についても教えてください。
西川 「のりりん」は、従来のバスではカバーできなかった、バス停から遠い場所に住む人たちの利用も増やしており、自分の都合に合わせて利用できる点も高く評価されています。運行開始から1年間で、約2万8000人の方に利用していただきました。これは、町営バス時代の年間利用者数1万人弱と比べて、大幅な増加となっています。しかし現状では、利用登録や配車予約、乗車券の購入などは、まだまだアナログな部分が多く、改善の余地があります。今後は、アプリからすべての操作を完結できるよう、スマート化を図り、利便性の向上を目指していきたいと考えています。
──住民の方々からは、どのような反応がありますか。
西川 特に普段から車を運転されない高齢の方々からは、「家から近い場所で乗降できるようになった」「待ち時間が減った」という声をよくいただきます。「のりりん」は、町内各地に設置した乗降ポイント(停留所)を巡回するシステムですが、従来のバス停に比べて乗降ポイント(停留所)の数も多く、より自宅に近い場所から乗車できるため、移動距離が減ったと喜ばれています。さらに、複数の住民ドライバーがそれぞれの自宅を待機場所としており、利用者のリクエストに応じて効率的に運行しています。現在では、混み具合にもよりますが、多くの場合長くても20~30分以内にお迎えに行ける体制を整えており、待ち時間の短縮にも繋がっていると好評です。
──「のりりん」のドライバー確保については、どのように進められたのでしょうか。
西川 ドライバー不足は、当初から大きな課題として認識していました。「のりりん」開始当初は、町内のドライバー12名に協力していただいていましたが、口コミなどで徐々に広がり、今では24名にまで増えました。地域に役立てることや空き時間の有効活用、また対価もあることもあり、皆さん積極的に参加してくださっています。運行開始当初は、ドライバーの人数が少なく、負担が大きくなってしまうこともありましが現在は人数が増えたことで、シフト調整などもスムーズになり、今では、例えばAさんの都合が悪くなってもBさんが代わりに入られる体制が整っています。
共に助け合い、地域に合った交通システムへ

──今後の展望や、他の地域への導入について、どのようにお考えですか。
西川 理念として掲げているのは、「すべての人に寄り添える持続可能な交通体系の構築」です。従来のように、行政や交通事業者だけが頑張るのではなく、住民の方々にも主体的に地域を支えていくという意識を持ってもらうことが重要だと考えています。今のドライバーの世代は60代が中心ですが、将来的には40代、50代といった若い世代に引き継いでいける持続可能な仕組みにしたいです。もちろん、課題は山積みですし、他の地域にそのまま導入できるモデルケースだとは思いません。しかし、智頭町のように小さな町でも、やり方次第で独自の交通システムを構築できるということは、一つの希望になるのではないかと考えています。他の地域の方々には、ぜひ「のりりん」の良いところを取り入れていただき、それぞれの地域に合った交通システムを作っていってほしいと思います。
──最後に、これから共助交通を始めようと考えている自治体に向けて、メッセージをお願いします。
西川 共助交通の導入は、決して簡単なことではなく、私たちも、地域との合意形成や協力者の確保など、様々な苦労がありました。しかし、私たちの理念に共感し、協力してくれる方が多くいたことが、成功の大きな要因だと感じています。重要なのは、「共に助ける」という共助の精神であり、行政や交通事業者だけでなく、利用者も含めた地域全体で支え合っていくことが、持続可能な交通システムには不可欠です。最近は、AIを活用したサービスなども登場しています。地域の特性や課題に合わせて、それらをうまく活用していくことが重要です。ぜひ、皆さんの地域にある資源や力を最大限に活かしながら、地域にとって最適な交通システムを構築していってくださればと考えております。
参考情報
- AI乗合タクシー「のりりん」特設ページ:https://www1.town.chizu.tottori.jp/chizu/kikaku/g163/
- AI乗合タクシー「のりりん」サービス資料