地方における交通と物流の問題は、地域の経済活動や住民の生活に影響を及ぼしています。特に過疎地域では、公共交通機関の利用者数が長期的に減少傾向にあり、交通事業者の経営悪化やサービス水準の低下へと繋がります。このような状況は、高齢者の移動手段の制約や地域間の物流ネットワークの脆弱化を招き、地域の活力低下を助長しています。
さらに、2024年4月からトラックドライバーに対する時間外労働の上限規制(年960時間)が適用されることにより、物流業界では「2024年問題」と呼ばれる輸送力不足が懸念され、具体的な対策をしなければ2030年度には輸送能力が9億トン相当不足する可能性が指摘されています。
これらの課題に対処するため、日本政府は「物流革新に向けた政策パッケージ」を策定し、輸送構造の最適化や多様な輸送モードの活用を推進しています。
特に、コンテナ貨物などの鉄道やフェリーや船等の内航海運へのモーダルシフトを強力に促進し、今後10年程度で輸送量・輸送分担率の倍増を目指し、トラック輸送への過度な依存を是正し、持続可能な物流システムの構築を進めています。
これらの取り組みに加えて、ドローンの活用が地方の交通・物流問題の解決策として注目されています。ドローンは、地形的にアクセスが困難な地域や離島への迅速な物資輸送を可能にし、緊急時の医療品配送や日常的な生活必需品の供給に貢献できます。また、ドローン配送の拠点整備やデジタル技術の活用により、物流の効率化とコスト削減が期待されています。
今回ドローン物流の可能性について、ドローン事業を手掛けるAIR WINGS合同会社にインタビューを行いました。同社は、地方の物流課題に対応するため、ドローンを活用した配送サービスを進めており、ドローン配送の現状や今後の展望について詳しく伺いました。
引用:国土交通省 過疎地域における 公共交通確保・物流効率化の現状と課題
https://www.soumu.go.jp/main_content/000638151.pdf
引用:国土交通省 物流の2024年問題について
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001620626.pdf
引用:国土交通省 モーダルシフトに向けたこれまでの 取組経緯について
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/content/001758842.pdf
引用:内閣官房 物流革新に向けた政策パッケージ
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/buturyu_kakushin/pdf/20231226_1.pdf
引用:国土交通省 物流の現状と課題について
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/4b046f33-a187-4bb1-be6d-ea965e07dee1/c580d671/20241223_meeting_mobility-working-group_outline_02.pdf

地方が抱えるラストワンマイルの課題
ーー現在、過疎化が進む地域における物流の課題が顕在化していますが、物流の課題についてどのようにお考えですか?
林 まさに、ラストワンマイルの問題が深刻化しており、過疎化が進む中で、配送網をどのように維持していくかが大きな課題として浮かび上がっています。一方で、単に物を届けることだけでなく、住民の方が何かを送りたいときの手段を確保することも重要です。例えば、高齢の方が免許証を返納して車を持たない状況では、郵便局までの距離も大きなハードルになります。
林 そもそも人口規模で見ると、数十人、あるいは100人を下回る地域が多くあります。そういった場所では、車を持っていない住民の方も多く、日常の買い物や荷物の受け取りが困難になっています。現状では、地域の自治会長さんなどが代わりに荷物を運んであげたり、持って行ってくれたりするケースが多くなっています。これは長崎の五島列島や、私が現在プロジェクトを進めている新潟県の佐渡、粟(あわ)島などの地域でも実際に目にしてきました。
ドローン物流の可能性とは?医薬品から海産物まで届ける最前線

ーー貴社のドローン事業について、具体的にどのような取り組みをされていますか?
林 大きく3つあり、まず1つ目は私たちが主体となってドローンの運航を行うことです。主にドローンを物流に活用し、実際にものを運ぶための運航を手がけています。2つ目は、コンサルティングやサポートです。ドローンの運航を検討している企業や自治体の方々から、『自分たちも導入したいが、どの機体を使えばいいのか分からない』、『航空法などクリアすべき課題が多くて導入が難しい』といった声をよくいただきます。そうした方々に対して、我々が伴走しながらサポートし、スムーズにドローンの導入・運用ができるお手伝いしています。そして3つ目が、人材育成です。ドローンの運航には専門的な知識や技術が必要なため、それを習得していただくための講習を行っています。」
ーードローンでどのような製品を運ぶケースが多いのでしょうか。
林 医療関連品の配送が大きなポイントになっており、医薬品の配送は全国でさまざまな実証実験が行われています。オンライン診療や服薬指導が可能になったことで、診察自体は遠隔で可能になりましたが、その後の課題として『どうやって薬を運ぶか』が残っています。例えば、粟(あわ)島では約300人が暮らしていますが、島内の診療所は1つだけで、常駐の医師がいません。現在は、役場の看護師さんが本土側の病院の医師とテレビ電話を繋ぎ遠隔診療を行い、処方された薬は本土側の薬局から発送されるのが翌日の最終便になります。その便で届いても診療所はすでに閉まっているため、患者さんが薬を受け取れるのは2日後になってしまいます。このようなケースでは、ドローン配送が大きな解決策になります。薬を迅速に届けることで、生活必需品としての役割を果たすだけでなく、命に関わるサポートができると考えています。
ーー医薬品以外にはどのようなものを運ぶのでしょうか。
林 例えば、島の特産品である海産物を即日で首都圏に届ける取り組みを行いました。東京 銀座へ、新鮮な海産物を、鮮度を保った状態で配送し付加価値をつけた形で届けることを目指しました。普段、島の外へ出る機会の少ない食材を届けることで、その魅力をより多くの人に知ってもらうことが狙いです。ドローンを活用した輸送の流れとしては、まず島から新潟市内までドローンで運び、その後、新幹線と連携して東京まで輸送しました。このように、ドローンと他の交通手段を組み合わせた“マルチモーダル物流”の検証を行い、ドローン配送の実用性や効率性を確かめました。
~空の道を拓く更なるチャレンジ 新潟県 佐渡島・粟(あわ)島2拠点から同時飛行~ 日本海を渡り「物流ドローン」が届ける特産品物流動線開拓の実証実施について に関するプレスリリースは下記
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000151040.html
ドローン規制の壁、新たな可能性とその課題

ドローンの運航レベルは、日本の国土交通省が定めた指標で、飛行の難易度や安全基準に応じて レベル1~レベル4 に分類されています。現在、日本では レベル4の実用化 に向けた制度整備が進められています。
レベル1 | 目視内・操縦飛行 | 人が見える範囲で操縦 |
レベル2 | 目視内・自動飛行 | 自動飛行が可能(事前設定ルート) |
レベル3 | 無人地帯・目視外飛行 | 遠隔での飛行が可能(人がいない地域) |
レベル4 | 人口集中地・目視外飛行 | 都市部での完全自律飛行が可能 |
ーードローンの運航において、安全面での規制やルールにはどのような課題がありますか?
林 万が一ドローンが落下した場合でも、地上の人や車両に被害を与えないルート設定が求められているため、ドローンの飛行ルートに関しては船や移動中の船舶、あるいは走行中の車両の上空を横切ることが現在のルールでは原則認められていません。そのため、そうした障害物がある場合は迂回しなければならず、効率的なルートを選べないケースもあります。安全性の確保が最優先ではありますが、この規制があることで、より実用的な運航を実現するためのハードルになっている部分もあります。
ーー現在のドローン飛行の制度について、どのレベルが現実的なのでしょうか?
林 レベル4の前段階として、現在『レベル3.5』という制度が設けられています。これは、人口の少ない地域において、歩行者等の第三者を除く、車両や船舶の上空を飛行してもよいというルールです。これまでの規制では、ドローンが飛行する際に、人だけでなく車や船舶の上空を横切ることも厳しく制限されていました。しかし、レベル3.5の導入によって、無人地帯であれば、そうした移動体の上を飛行できるようになり、より実用的な運用が可能になりつつあります。
ーー現在のドローン運用における課題として、特にハードルとなっている点は何でしょうか?
林 レベル3.5の運用において、大きなハードルが3つあり最も大きな課題は操縦者の技能証明制度です。現在のルールでは、ドローンを操縦する者は技能証明を取得しなければなりません。一般的なマルチコプター型のドローン、つまりプロペラが複数ついたタイプのドローンに関しては、すでに技能証明制度が普及しています。しかし、我々が主に使用している海を越えて飛行する飛行機型のドローンに関しては、制度がようやくスタートしたばかりの段階です。2025年から徐々に試験が始まる予定なので、まずは受験して合格し、技能証明を取得する必要があるという状況ですね。
ーー新潟県 佐渡島・粟(あわ)島から本土へ運航するには飛行機型のドローンでないと届かないのでしょうか。
林 そうですね。今回のルートは約48〜50キロメートルほどの距離があります。通常のマルチコプター型のドローンでは、飛行距離の限界が大体30キロメートル程度で、バッテリーが尽きてしまうため、どうしてもこの距離を飛び切ることができません。飛行機型のドローンであれば、より長い距離を飛行することが可能です。固定翼を持つ飛行機型は、効率的な飛行ができるため、バッテリーの消費を抑えながら長距離をカバーできるのが強みです。こうした特性を活かすことで、これまでドローンでは難しかったルートにも対応できるようになっています。
島の特産品が即日で銀座市場へ!ドローン物流が変える地方の未来

ーー貴社のドローン事業における強みについて教えてください。
林 大きく3つの強みがあり、1つ目は私が航空分野のバックグラウンドを持っていることです。ドローンは航空法のもとで飛行するため、運用には国土交通省航空局の飛行許可や承認が必要になります。我々は、航空局の安全基準や運用ルールがどのような考えのもとに策定されているのか、深い知見を持っており、安全で適法な運用ができます。2つ目は、使用している機体が飛行機型のドローンであることです。一般的なマルチコプター型のドローンは、比較的参入しやすい領域ですが、飛行距離が2〜30キロメートル程度と限られ、何かトラブルが発生してもホバリングや即時着陸が可能です。しかし、我々が運用する飛行機型のドローンは、100キロ、200キロと長距離飛行をするため、安全管理の難易度が大きく異なり、この領域に対応できます。3つ目は、運航会社であることです。我々はドローンのメーカーでもなく代理店でもないため、世界中のさまざまな機体をツールとして活用できます。飛ばす場所の地形や環境に応じて、最適なドローンを選ぶことができるため、柔軟な運用が可能になります。
ーードローン配送を利用することで、送る側や受け取る側にはどのような反応がありましたか?
林 送る側の反応に関して、とてもポジティブな声が多いです。佐渡の漁業組合の組合長さんは『新鮮なものを食べてほしい』という強い思いを持っていますが、既存の流通ルートだと最短でも1日半、通常の市場を経由すると3日ほどかかってしまい、せっかく獲れた食材の価値や味がどうしても落ちてしまいます。今回のドローン配送では、その日のうちに届けることができ、自分たちが『これは美味しい』と感じる鮮度のまま食べてもらえることに、大きな喜びを感じているようです。さらに、銀座市場にて高値で販売されることで、ブランド価値が向上し、地方の漁業関係者にとっても大きな励みになっています。
林 また、受け取る側、特にレストランのシェフの方々からも好評でした。彼らは日本中、さらには世界中から食材を取り寄せていますが、佐渡や粟(あわ)島のように市場に流通していない食材を直接手に入れることができ『まさか生きたまま届くとは思わなかった』と大きな価値を感じてくださっています。手に入る食材の幅が広がることで、料理のバリエーションやクオリティも向上し、レストラン側としても非常に魅力的な仕組みになっていると感じてくださっています。
ーー今回のドローン物流の取り組みを始めた背景には、どのような課題があったのでしょうか?
林 今回の取り組みを始めた背景には、まず島の課題解決という大きな目的がありました。ドローンを使って島に物を届けること自体はスタートしましたが、その過程でさまざまな方々にヒアリングを行う中で、ある重要な視点に気づきました。それは、『島に物を届ける』というサービスを持続可能にするためには、その対価を島の住民の方々が支払う必要があるため、金銭的に余裕がないと積極的に利用されるとは限りません。そこで、漁師さんや漁業組合の組合長さんの『島のものを外に売ってほしい』という言葉が刺さりました。つまり、単に物を島に届けるのではなく、島にある特産品を外へ輸出し、お金を稼ぐ仕組みを作ることで、双方向の流れを生み出す。この考え方が成り立たなければ、ドローン物流の持続的な運用は難しいと考えました。現在はその仮説のもと、双方向の物流を実現するための取り組みを進めています。
将来のドローンは完全自律飛行?未来の物流システム

ーー今後、ドローン物流を継続的に発展させていくためには、どのような課題があるとお考えですか?
林 まず、ドローン物流を継続的に実施していくための軸は大きく2つあります。1つ目は、市場開拓です。ドローンを活用したいというニーズを持つ人たちを見つけ、実際に利用してもらうことが重要です。どれだけ優れた技術があっても、使う人がいなければサービスとして成り立ちません。2つ目の軸は、技術と運用制度の向上です。現在、ドローン自体の技術がまだ発展途上であり、それを運用する側の制度も整っていません。例えば、最新のドローンであっても、自然環境の影響を受けやすく、特に風や雨に対する耐久性の問題があります。本来、船が止まる状況でもドローンが飛ぶことができれば、大きな価値を生み出せるはずですが、現状ではまだ逆のケースが多く、船が運航できてもドローンは飛べないという状況です。この問題を解決しない限り、ドローンは社会インフラとしてのレベルには達しません。単なる実証実験ではなく、日常的な物流インフラとして機能させるためには、技術の向上と制度の整備を同時に進めていく必要があります。
ーードローンの普及において、現在のボトルネックとなっている課題は何でしょうか?
林 特に大きなボトルネックとなっているのは法律の問題です。例えば海外製のドローンを日本国内で使用する際に最も大きなハードルとなるのが、使用する電波の周波数です。海外では一般的に使われている周波数帯でも、日本では制限されていることが多いです。そのため、海外製のドローンをそのまま持ち込んでも、日本の規制に適合しないケースが発生します。解決策としては、新たに日本向けの通信装置を搭載するか、既存の機体に搭載されている通信機器を日本適合させる必要がありますがこれには時間もコストもかかるため、しっかりと予算をかけて対応できる企業は限られてしまいます。この規制のハードルが、海外の最新技術をスムーズに導入する上での最大の障壁になっています。
ーー将来的にドローンの運用はどのように進化していくとお考えですか?
林 将来的にはドローンがより自律的に運用され、人の手をほとんど介さずに飛行する世界を目指しています。現状では、ドローンは決められたルートを飛行し、それをオペレーターが遠隔で監視しています。つまり、パソコンの画面に張り付きながら、常に状況を確認しなければならないのが実態です。しかし、今後は機体側の技術が進化し、自律的に飛行できるようになれば、荷物を積んだら自動で飛び立ち、他のドローンが近づいてきた際には自ら回避し、安全を確保するような仕組みが実現していくでしょう。こうした技術が確立されれば、ドローンは連携しながら運用され、より効率的で安全な物流システムが構築されるはずです。まさに、自動運転車のような世界観ですね。
林 また、将来的には個人間での輸送がもっと一般的になっていくのではないかと思います。現在、車が一家に一台あって、買い物に行くために車を使うのが当たり前になっていますが、それと同じように、買い物に行くために自分のドローンを使う、もしくは地域のドローンを利用する、という世界観が生まれてくるのではないでしょうか。例えば、郵便を出す際に『郵便を出してきて』とドローンに指示すると、自動で荷物を取りに来てくれる。あるいは、離島と本土をつなぐ物流において、離島の住民がインターネットでスーパーの商品を注文すると、すぐにスーパーの担当者がドローンに荷物を積み込み、そのまま自宅まで飛ばしてくれる、といった仕組みも考えられます。特に佐渡島のように大きな島では、スーパーから各家庭へドローンで配送するような形が現実的でしょう。一方で、もっと人口の少ない離島、例えば10人規模の小さな島では、本土側から直接ドローンで荷物を届けるような形が適しているかもしれません。こうした仕組みが整えば、ドローンが私たちの生活の中に自然と溶け込む未来が見えてくると思います。
地方から未来を創る!ドローンが切り拓く持続可能な地域づくり

ーー最後に読者へのメッセージをお願いします。
林 地方や過疎地域は、課題先進エリアとしてネガティブな印象を持たれがちです。しかし、そんな中でも『この町を守らなければならない』、『住んでいる人たちの生活サービスを絶やしてはいけない』という強い思いを持って、懸命に取り組んでいる方々がいます。それは地方自治体の行政の方々や、地域の企業の皆さんです。彼らは単に儲かる・儲からないといった尺度ではなく、地域の持続可能性を第一に考え、努力されています。我々が提供するドローンという新たなソリューションが、そうした方々のサポートになればと思っており、例えば物流や医療の課題を解決することで、地方で頑張っている人々を最後まで支える手段となることができるのではないかと考えています。さらに、こうした新しい技術が地域に導入されることで自治体自体が『先進的な取り組みをしている町』として注目されるようになる可能性もあります。結果として、外からの関心が高まり、観光や体験型のツアーを通じて人の流れが生まれる、それが最終的には物流の流れと結びつき、地域全体の活性化につながるのではないかと期待しています。