地方自治体では、税や保険料の徴収をはじめとする行政事務を、限られた人員で担う状況が続いています。総務省の令和7年地方公共団体定員管理調査によると、地方公共団体の総職員数は令和7年4月1日時点で約280万人となり、平成6年のピーク時の約328万人と比べて約48万人も減少しました。職員一人ひとりが受け持つ業務の範囲は広がっており、慢性的な人手不足のなかで日々の事務をこなさなければならない状況に置かれています。
その一方で、徴収に関わる事務量は依然として大きいままです。厚生労働省の「令和5年度国民健康保険(市町村国保)の財政状況について」によると、保険料を滞納している世帯は全国で約183万世帯にのぼっています。滞納者への対応では、財産を把握するための預金照会や差し押さえなど、一件ごとに手間のかかる作業が必要となり、担当職員の負担が大きくなっています。
こうした課題に対して、国もデジタル技術の活用を強く後押ししています。総務省の「自治体DX推進計画」では、AIやRPAなどの活用によって業務を効率化し、職員の負担を軽減することが求められており、デジタル・情報担当の職員が一人以下のいわゆる「一人情シス」の状態を令和7年度中に半減させる目標も掲げられています。限られた人材で増え続ける事務をこなしていくために、AIをはじめとする新たな技術の導入が、これまで以上に必要とされています。
このような地方自治体の課題に対する有効な解決策となるのが、生成AIを活用した業務の効率化です。神奈川県横須賀市の健康保険課では、国民健康保険料の滞納者に対する預金照会の作業に生成AIを取り入れ、照会に必要な滞納者情報を自動で抽出するプログラムを職員自らが作成しました。手作業で行っていた入力やリスト化を自動化したことで、半年間で約4,000時間、およそ2人分に当たる作業の効率化を実現し、差し押さえの件数も前年度の2倍へと向上しています。
今回、生成AIの活用に踏み切った背景や具体的な取り組み、今後の展望について、横須賀市健康保険課の小川氏、鈴木氏に詳しくお聞きしました。
引用:総務省「令和7年地方公共団体定員管理調査結果の概要」
https://www.soumu.go.jp/main_content/001064561.pdf
引用:厚生労働省「令和5年度国民健康保険(市町村国保)の財政状況について」
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001546569.pdf
引用:総務省「自治体DX推進計画【第4.0版】」
https://www.soumu.go.jp/main_content/001001126.pdf


別々のシステムが生んでいた預金照会業務の負担
ーー今回、生成AIの活用に取り組まれた背景についてお聞かせください。
小川「私たちは、滞納に関わる徴収業務の中で、滞納者の預金照会を実施しております。昨年初め頃までは、紙の照会文書を金融機関に送り、回答内容に財産が確認できれば差し押さえるという流れでした。その後、昨年6月に横須賀市の税部門が取りまとめる形で、NTTデータ様が提供する預金の電子照会サービス「pipitLINQ」*を、健康保険課でも利用を始めました。このサービスを活用する中で返ってきたデータをさらに効率的に活用したいという思いがあり、職員が一件ずつ個別に処理するのではなく、データベース化できないかと考えていました。」
*pipitLINQ:NTTデータが提供する行政機関と金融機関をつなぎ、加入機関間で統一フォーマットの電子データによる預貯金等照会を実現するサービス
ーー従来の預金照会は、具体的にどのような流れだったのでしょうか。
鈴木「まず、照会したい対象者のCSVデータを作成し、預金の電子照会サービスにアップロードすると、そのデータが金融機関に送られ、数日後に回答のCSVデータが戻ってきます。従来は、その回答データをNTTデータ様が提供するマクロ付きのExcelに取り込み、取引明細や口座情報を個表として見やすく表示する、という流れでした。」
ーーその中で、どのような点に課題を感じていらっしゃいましたか。
鈴木「滞納者を管理しているパソコンと、預金照会システムが入っているパソコンが別々になっています。基幹系システムと預金照会システムが連携していないため、滞納者管理システムで氏名や住所を確認しながら、照会対象者の情報を一件ずつ手入力してCSVを作成し、送信していました。この手入力の作業には手間がかかり、加えて、私たちとしては照会結果をデータベース化したいという目的があったため、一度に多くの対象者を照会できる仕組みが必要だと考えていました。」
生成AIで組み上げた預金照会の自動化マクロ

ーー生成AIを使って、どのような仕組みを作られたのですか。
鈴木「まず、滞納管理システムから滞納者のデータベースを抽出し、照会用のパソコンに保存します。そのうえで、例えば滞納額が10万円以上の対象者を抽出できるマクロを、AIを活用して作成しました。このマクロを使うことで、照会したい対象者のデータを一括で転記できるようになり、3,000人規模の照会データも、一度に作成できるようになっています」
ーー銀行からの回答については、どのように処理されているのですか。
鈴木「回答データは銀行ごとに、3,000人分の情報が入ったCSVで返ってきます。これをパッケージの個表化Excelに取り込むと、口座ごとにシートが分かれ、約3,000シートが作成されます。従来は、そのシートを一件ずつ確認し、預金残高が多い人を見つけて差し押さえるという流れでした。ただ、私たちとしては預金残高の多い順にリスト化したいと考えていました。そこで、回答CSVから口座ごとの一覧を作成するマクロを、AIを使って開発し、残高の多い順に並べ替えられるようになり、預金が多い対象者から優先的に差し押さえを行えるようになりました」
鈴木「データ管理にはExcelやCSVを使っており、照会時には、まず滞納者を管理しているパソコンから全員分のデータベースをExcelで作成し、それを照会用のパソコンに移します。そのデータベースから照会対象者を抽出することで、もともと別々だった滞納管理システムと預金照会システムのデータを紐づけて活用できるようにしました。」
業務フローも変えた生成AI活用の工夫
ーーマクロの開発には、どのように生成AIを活用されたのですか。
鈴木「最初はマクロの知識がまったくない状態だったので、生成AIに教わりながら進めました。ただ、途中ではかなりエラーも出たため、生成AIへの聞き方を工夫しながら修正していきました。また、マクロが完成しても動作が遅い場合には、システム担当課に相談することもありました」
ーー活用にあたって注意された点はありますか。
鈴木「個人情報を扱うため、誤ってAIに個人情報を入力しないよう、かなり注意しました。
また、AIに依頼するときは抽象的に聞くのではなく、『こういう構造のデータがこのフォルダに入っている』『抽出したいデータを何列目にどう配置したい』というように、できるだけ具体的に指示することを心がけました。実名は入力せず、サンプルデータを使いながら、何列目にどのような情報が入っているかを示して指示していました」
ーー導入によって、業務にはどのような変化がありましたか。
鈴木「まず、手入力の作業が不要になりました。従来は滞納者を地区ごとに振り分け、各地区の担当者が、自分の担当分を一件ずつ照会していました。現在は、照会担当者が全滞納者を最初に一括で照会し、返ってきた回答を各担当者に振り分けて確認してもらう形に変わり、地区担当者が個別に照会する必要がなくなり、回答の確認も効率化されました。」
鈴木「以前は一件ずつ開いて、どの口座に預金が多いかを確認していましたが、今は残高の多い順に並べ替えられます。その結果、預金残高が多い対象者から優先的に差し押さえを進められるようになり、業務全体がかなり効率化されたと感じています」
データベースを活かし、さらなる効率化を目指す横須賀市

ーー今後、さらに取り組んでいきたいことはありますか。
鈴木「今は単純にリスト化して配っている段階ですが、今後は見栄えをアプリのような形にしたいと考えています。返ってきた回答はデータベースとして保存しておき、検索したい滞納者の番号を入力すれば、その人の口座情報だけがアプリのような画面に表示される、といった仕組みをデザインも含めて実現したいと思っています。」
鈴木「誰が使っても使いやすい画面が完成したら、システム担当課とも連携し、セキュリティ面を確認したうえで、他課にも情報提供し、横展開していきたいと考えています」
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
鈴木「私自身、最初は知識がまったくないところから始めました。それでも、試行錯誤しながら一応形にできるところまで来られたと思っています。大事なのは、現場で困っていることがあれば、まずAIに相談してみることです。自分だけで考え込むのではなく、困りごとや些細なことでも、まずAIに聞いてみる。そこから活用の幅が広がっていくと思います。」
小川「今回の健康保険課での取り組みは、横須賀市におけるAI活用の一例であり、市役所全体としても、これからもAIを活用した業務改善に力を入れていこうとしております。ぜひ今後も、横須賀市ならではのAI活用にご注目いただければと思います。」

