日本全国で、駅の安全性やサービス向上は重要な課題となっており、駅構内で発生するトラブルや事故への対応力を高めることが、公共交通機関の信頼性を支える上で求められています。特に地方においては、地域鉄道が直面する構造的な問題が重なり、利用者の安全確保に大きな課題が生じています。
地域鉄道の年間輸送人員は5億人を超える1991年度をピークに減少傾向が続き、2019年度では約4億人とピーク時と比較して約22%減少しています。2020年度には新型コロナウイルスの影響により一時的に大幅な落ち込みが見られましたが、その後も需要の根本的な回復には至っていません。経営面では、2019年度に約78%の事業者が経常赤字であったのに対し、2023年度にはその割合が約83%にまで悪化しており、老朽インフラの更新やバリアフリー対応など、設備投資への資金確保も難しい状況です。
加えて、国土交通省によれば、駅係員が常駐しない無人駅の割合は全体の約50%にのぼり、監視体制の不備が安全性の低下につながる恐れがあるとされています。また、少子化や人口減少、マイカー利用の浸透により、特にローカル線では鉄道の大量輸送という特性を発揮できない区間が増えており、路線の見直しや廃止も進行しています。例えば、JR北海道では2016年に維持困難な線区を公表し、一部ではバスへの転換が進められました。
今後人口が減少していく中で、いかに駅のトラブルをなくしていくかが重要になってきています。国土交通省の「地域公共交通確保維持改善事業」では、安全性の確保と利用者の安心感の醸成が地方交通の維持に不可欠であると明記されています。しかし、現場では目視確認による限界や人手不足が重なり、転倒事故や暴力行為、不審物放置などの異常を見逃すリスクが高まっています。地方自治体全体で人材不足が慢性化しており、監視業務もその例外ではありません。
こうした課題の解決に向け、AI技術を活用した実証実験が注目を集めています。画像解析AIと防犯カメラを組み合わせた監視システムでは、転倒や暴力などの異常行動や不審物の放置などをAIがリアルタイムで検知し、即座に関係者へ通報が可能となります。これにより、目視確認の限界を補完し、人的負担を軽減しながら、初動対応の迅速化が実現します。AIの導入は、安全で信頼される駅づくりの鍵を握る新たな一歩として、地方鉄道の未来を支える大きな可能性を秘めており、今回、画像解析AIを活用した安全性向上に向けた実証実験を行った福岡市にインタビューを行いました。
引用:国土交通省 令和4年 政府おける最近の主な取組について
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/content/001843652.pdf
引用:国土交通省 令和7年版 交通政策白書
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_fr_000191.html
引用:国土交通省 地域公共交通確保維持改善事業
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000041.html

画像解析AIで見守り支援と安全強化へ

ーー福岡市の地下鉄で画像解析AIを活用した安全性向上に向けた実証実験を行った背景についてお聞かせください。
稲田「駅構内にて車椅子をご利用の方への案内や喧嘩・暴力といったトラブルは、他の鉄道事業者さんでも起こり得る事象として話題に上がることはあります。実際、私たちの駅でも、そうした場面でお客様が異変に気づいて駅に連絡をくださり、係員がすぐ駆けつけるというような、いわば“人の目”による対応を行ってきました。その中で、既に駅に設置されている防犯カメラなどの映像にAIを組み合わせて、動きの異常を早期に察知し、より安全な運用に繋げることができないかという観点で実施しました。今後の世の中で新しい技術をどのように活用できるか、その可能性を探るフィールドとして駅を使って進めたものになります。」
稲田「福岡市地下鉄では、これまではお客様の方から『介助お願いします』とお声かけいただいた際に、係員が対応するという形で、基本的には受け身の対応でした。ただ、今後データを活用したサービス展開を考える上で、白杖をお持ちの方などが毎日のように一人で利用される方もいらっしゃることもあるため、どのような形が適切かを見極める必要があると感じています。また、検知の精度や実用性についても確認する目的で、今回の実証を行いました。」
ーー博多駅で実施された「画像解析AIを活用した安全性向上に向けた実証実験」について、取り組みの概要を教えてください。
稲田「駅構内での異常を早期に察知することで、駅の安全性をより高めるために実証実験を行いました。たとえば、車椅子をご利用のお客様や白杖をお持ちの方が駅構内に入られた際、カメラの映像からAIがそれを認識し、係員にアラームを流して『お手伝いが必要ですか』という気づきを促すような仕組みです。安全面に加え、サポート的な要素も盛り込んだ内容になっています。今後、労働力不足などが深刻になる中で、他の鉄道事業者さんでは、窓口に常に人を配置しなくても同等の安全性やサービスを維持できる仕組みの導入が検討されていると聞いています。」
骨格モデルAIで人の動きを分析

ーー実証実験では、画像解析AIによる異常検知システムを博多駅に導入されたとのことですが、具体的にどのような内容だったのでしょうか?
稲田「今回の実証実験では博多駅に10台のカメラを設置しました。空港線の博多駅には中央口、博多口、筑紫口の3つの改札があり、それぞれの改札付近に2台ずつ、合計6台を設置しました。さらに、訪問通路に4台を配置し、合計で10台となります。このシステムは既存の防犯カメラでも運用可能な設計ではありますが、検知精度を考慮し、最適な位置にカメラを一時的に設置しました。」
稲田「検出の仕組みは、『骨格モデル』を用いたものです。画像そのものではなく、人の腕や関節、体の動きといった骨格情報を抽出し、それが『転倒した』『暴れている』など、事前に学習させた行動パターンと照合されます。該当する動きが検知されるとアラームが作動する仕組みです。さらに、一定期間システムを学習させた結果、『ここには本来人がいない』場所に人が入ったり、しゃがんで作業するなどの“違和感”のある動きも検知対象としています。これにより、通常とは異なる行動があればアラームで知らせることができます。アラームは駅長事務室内のパソコンで映像とともに表示され、動きがあった箇所の映像が短い動画として確認できるようになっています。必要に応じて、それを見た係員が現地へ駆けつけるという運用で実証実験を行いました。」

ーー今回の実証実験で画像解析AIが検知する動作や対象は、どのようなカテゴリーに分かれていたのでしょうか?
稲田「検知対象となる事象は大きく分けていくつかのグループに整理しています。具体的には『車椅子』『白杖』『転倒』『ふらつき』『喧嘩・暴力』『違和感』といった動作をカテゴリーとして設定しました。ただし、すべての場所で一律に検出するのではなく、利用状況に応じて制限を設けています。たとえば、ホーム上では電車に乗るために自然と人が並んだり、乗車口に集まることが多くあります。これをAIが誤って“異常な密集”として検知してしまうと、通常のご利用状況でもアラームが鳴り続けてしまいます。そのため、ホームでは一部の動作をあえて検知対象から外しています。
稲田「また、『車椅子』や『白杖』の方についても、福岡市地下鉄では駅構内でご案内が必要な場合に係員が対応する体制が整っており、いきなりホームに現れるケースはほとんどありません。駅に来られたタイミングで案内の有無を確認する運用ですので、ホーム上での検出は基本的に行わない設定としました。もちろん、設定を変更すれば検出自体は可能です。しかし、『さっき案内は不要と言ったのに、また声をかけられた』というようなやり取りが発生する恐れもあるため、今回は検出対象を絞った形で実証を進めました。」

ーー実証実験期間中、画像解析AIによる検知では具体的にどのような傾向が見られましたか?
稲田「実証実験は2024年9月から2025年2月末まで行いましたが、特に2024年9月・10月は『車椅子』の検知件数が非常に多くなっていました。これは検知条件の初期設定によるもので、1人で利用している場合だけでなく、後ろから誰かが押していても検出される設定になっていたためです。ただ、その押している方がすでに介助者である場合は、改めて係員が対応する必要はないケースが多く、検知が過剰になっていました。また、ベビーカーやスーツケースなども誤検知の対象になっていました。たとえば、スーツケースに子供を乗せて押している場合や、足を動かさずスーッと動いているような場面は、AIにとっては車椅子と似た動きと判定されやすくなっていたんです。こういった要因から、検知件数が多くなりすぎたため、設定をカスタマイズしました。その結果、11月以降は件数が3分の1程度に減少し、落ち着いた形となりました。」
稲田「全体として見ると、誤検知や対応不要なケースも多くありました。たとえば『喧嘩・『暴力』のカテゴリーでは検知数が多く表示されていましたが、この期間中に実際に犯罪行為や警察対応に至るようなトラブルは、防犯カメラの映像内では一切確認されていません。多くは、たとえばお子さんが親の前で手を大きく振ってはしゃいでいる様子や、物を拾おうとしたときにふらついた動きなど、通常の行動と誤認されるようなものでした。ただ一方で、明確に有効だったケースもあります。ある駅でエスカレーターにお客様の靴紐が引っかかり、靴が挟まれるトラブルが発生しました。AIが異常動作として検知し、アラームが駅の事務室に鳴り響いたことで、係員がすぐに現地へ駆けつけ、対応できました。エスカレーター自体も安全装置が作動して止まり、大事には至りませんでした。このように、実証の中でシステムが安全面において有効に機能したと実感できるケースも確かにありました。」
現場の駅係員が感じた画像解析AI実証の効果
ーー実証実験の運用を通じて、駅係員の皆さんから現場での反響や意見はありましたか?
稲田「お客様が困っている状況をAIが知らせてくれることで、係員がすぐに気づいてスムーズに対応できる点は、現場にとって非常に助かるという声がありました。特に、お客様が声を上げづらい場面などでは、システムによる通知が有効に働いたと感じています。」
稲田「夜間や営業時間外には、清掃や設備点検などの作業が行われますが、カメラはその間も常に稼働しており、動きがあれば検出対象となります。そうした作業がアラームの件数に含まれることもありました。また、深夜に大きなアラーム音が鳴ると、不要な対応につながるケースもあるため、運用面での調整が必要だという意見も出ています。ただ、対応の迅速化や安心感には一定の効果が見られました。」
ーー今回の画像解析AIを活用した実証実験の結果を受けて、今後の本導入や追加の実証実験の予定はあるのでしょうか?
稲田「今回の画像解析AIについては、現時点では本導入は未定ですが、実証によって一定の効果や可能性が見えたことは確かです。特に、将来的に人員配置が難しくなるような地域や、人が常駐しにくい環境などでは、こういったAIの活用が有効に働く可能性はあると思っています。」
自治体×民間企業で切り拓くAI活用の未来

ーー今後、他の自治体などがこのような新しい技術を展開しようとする際に、乗り越えるべき壁として感じた課題はありましたか?
稲田「今回の実証導入を通じて感じた課題としては、まず予算面が挙げられます。AIカメラは設置やシステム連携に一定の費用がかかるため、導入判断にはコストの妥当性が問われます。また、運用面では交通局内の体制やITリテラシーも関係してきます。現場での対応フローやデジタル技術への理解が伴っていないと、せっかくのシステムも十分に機能しません。技術そのものよりも、組織側の準備や運用設計が大きなカギになると感じました。」
稲田「だからといって『費用がかかるから使わない』となると、技術の進化も社会への定着も進みません。自治体としても、市民の方が利用される公共施設、たとえばロビーなどで、車椅子のお手伝いや案内が必要な場面があります。もちろん、人が立って直接案内するやり方もありますが、どうしても人を配置しづらい状況が出てくることもあります。そういった場合には、駅と同様にAIの技術を活用し、必要な支援を補完するという手段もあるのではないかと考えています。」
ーー福岡市地下鉄が取り組まれた「画像解析AIを活用した安全性向上に向けた実証実験」について、福岡市のスタンスや今後の展望についてお聞かせください。
稲田「今回のように自治体側が全ての費用を負担して動くには限界がありますが、例えば民間企業が『ぜひ実証実験をやりたい』という場合、自治体がフィールドを提供する形もあってよいと思います。実際、福岡市には『実証実験フルサポート事業』という制度があり、費用は民間側が負担する代わりに、一定の審査を通過した企業には市の施設を使っていただくことができます。市も広報やPRに協力する仕組みになっており、こういった枠組みを活用することで、社会全体で新しい技術を受け入れる気運が高まっていけば、より普及も進むのではないかと感じています。」
稲田「やはり福岡市は、新しい技術やスタートアップ支援に対して非常に積極的に取り組んでいます。官民が垣根を越えて連携・協力しながら進めているという点が、福岡市の大きな特徴だと思います。今回の実証実験も、そうした視点で行われたものです。企業の皆さんにとっても、福岡市というフィールドで新しいことにチャレンジしてみようという動きが広がっていけばいいなと感じています。社会全体がこういった便利な技術によってより良い方向に進んでいくことが大切だと思っています。今後、人口減少などの課題は避けられませんが、そうした中でも日本全体が前向きに進化して、みんなが快適に過ごせる世の中になっていけばいいなと心から思っています。」

