“人が行う点検”から“データが守る社会”へ NTT株式会社 アクセスサービスシステム研究所が目指す「持続可能なインフラの未来」

地方において、鋼構造物である橋梁を含むインフラの維持管理に課題があります。鋼構造物の「腐食状況把握」が極めて難しい状況であり、放置してしまうと鋼材の腐食進展により「断面欠損」が発生し、構造物の耐荷力低下の恐れに繋がります。

目視検査だけでは、「腐食しているか」という判断は可能であっても、「どれくらい鋼材の厚さが減少しているか(断面から見て腐食が何mm進行しているか)」を定量的に把握することは困難です。加えて、橋梁などの大型インフラを対象とした検査・維持管理にかかるコストや運用負荷が増大しており、地方自治体では、5年に1回の定期点検を義務づけられているものの、対象数が膨大であるなか、専門人材や予算が不足する自治体も多くあります。実際、地方自治体が管理する橋梁について、定期点検を実施している団体は前年時点で98%とすでに全ての自治体で実施できているわけではありません。さらに、インフラを効率的に「検査/維持管理」するための作業効率も低く、点検頻度を高めることや細部にわたる定量データを取得することが難しい状況であり、過去の点検結果では橋梁のうち「早期または緊急に措置を講ずべき状態(判定区分Ⅲ・Ⅳ)」が約9%に及ぶというデータも示されています。

検査データの定量化・見える化が遅れており、腐食深さという重要指標が十分に取得できないため、劣化の進行度や対応時期の判断に曖昧さが残っています。インフラの老朽化が進む社会において、鋼材の断面減少が進行すれば耐荷性低下や耐久性不足につながり、将来的な大規模補修や更新リスクが高まるため、維持管理費が増加する中でのコスト最適化・維持計画の高度化が求められています。これら複数の課題が複合し、特に地方での鋼構造物維持管理は厳しい現実に直面しています。

このような課題に対し、NTTグループが発表した「ドローン画像認識AIによる鋼材腐食深さ推定技術」が注目を集めています。

本技術では、ドローンによる撮影データと画像認識AIを用いて、鋼材の腐食深さまで推定できることを目指しており、従来の目視点検では困難だった断面の定量把握を可能にします。これにより、検査・維持管理の効率化、定量化・見える化の促進、コスト削減・作業負荷軽減に繋がるものと期待されています。

今回、NTT株式会社 アクセスサービスシステム研究所 主任研究員 東海林氏、髙山氏にドローン画像認識AIによる鋼材腐食深さ推定技術の詳細を伺いました。

引用:国土交通省 第 1 編 橋梁の現状と劣化の推定
https://www.kkr.mlit.go.jp/road/shintoshikenkyukai/pdf/data09_02.pdf

引用:国土交通省 道路構造物の現状(橋梁)
https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/yobohozen/yobo1_1.pdf

引用:国土交通省 日本の橋梁の現状
https://www.j-cma.jp/jcma-pics/10015297_7QSgrr.pdf

NTT株式会社 アクセスサービスシステム研究所 主任研究員 東海林氏
NTT株式会社 アクセスサービスシステム研究所 髙山氏
目次

人手不足や設備の老朽化による社会インフラの危機

ーー社会インフラの課題についてお聞かせください。

東海林「労働人口の減少や設備老朽化が急速に進んでいることにより社会インフラの維持管理コストが大幅に上昇しています。NTTではこれまで通信事業で培った技術を活用し、社会インフラ事業の課題を解決してサステナブルな社会を実現したいと考えております。特に道路橋に関しては、全国に約74万か所ありますが、腐食の調査には、現地に赴き専用の足場や特殊車両を用いた点検が必要な場合があり稼働やコストが大きな負担となっており、今回このコスト削減や作業負担軽減に着目しました。」

ーー今回の課題発見の経緯について教えてください。

髙山「当初から画像を使って効率化を実現する技術を開発してきました。例えば、サビの検出にAIを活用する研究であり、その過程で事業者様や自治体様と話をする中で、腐食の欠損量計測も人手がかかって大変だという声をいただき、そうした現場の課題を聞く中で、今回の研究を進める背景となりました。やはり人手での点検は工数や維持管理コストが大きく、現場の負担は非常に大きいという声を多くいただくため、今回の取り組みは、そうした課題に対する解決策となることを目指しています。」

NTTが取り組む“見えない劣化”の可視化AI技術

引用:NTT 公式ニュースリリース

――今回開発された技術の概要を教えてください。

髙山「私たちが開発したのは、腐食した鋼材の画像中の情報、具体的には錆の大きさ、色合い、表面のテクスチャなどの情報から腐食の深さを自動で推定するAI技術であり、対象は道路、橋、鉄塔、ガードレールなどの鋼構造物と多岐に渡ります。研究所で腐食の外観と深さに相関があることを検証し、NTT独自のノウハウを用いてAIを構築しました。
95%信頼区間で誤差0.66ミリという高精度な推定が可能で、現行の点検にも十分活用できます。現在はNTTグループ各社や地方自治体と連携し、ソリューション化に向けた取り組みを進めています。」

――このAI技術の特徴とポイントを教えてください。

東海林「腐食外観と腐食深さの関係をデータから解析し、AIに学習させた点が最大の特徴です。人の経験や勘に頼らず、数値で信頼性を示せる“定量的な点検”を実現しました。
また、市販のドローンやデジカメで撮影した画像でも解析可能で、特別な機材を必要としない導入のしやすさもポイントです。実証実験でもドローンで撮影した画像から有効な結果が得られました。」

――現場ではどのような改善やコスト効果が得られたのでしょうか。

東海林「これまでの点検では、作業員が専用車両等を用いて腐食箇所に近づき、超音波測定器で1点ずつ厚みを測る必要がありました。しかし今回の技術では、ドローンで撮影した画像をAIが自動解析するだけで腐食深さを推定できます。
その結果、現地作業の大部分が不要になり、点検コストは従来の約4分の1まで削減可能です。作業時間も短縮され、より多くの施設を効率的に点検できるようになりました。」 ――埼玉県熊谷市で行われた実証実験について教えてください。
東海林氏「熊谷市内の道路や橋梁を対象に実証実験を実施しました。この取り組みでは腐食深さの推定AIを用いて実際の構造物を解析し、誤差約0.6ミリの精度で推定できることを確認しました。
技術的な検証としては2025年2月で一旦完了しましたが、現在はNTTグループ会社でソリューション化に向けた準備を進めています。年内には、自治体や事業者が導入できる形にすることを目指しています。」

公式ニュースリリース:https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/10/03/241003a.html

全国規模で長年積み重ねたデータによるAI基盤

引用:NTT 公式ニュースリリース
 

――NTTグループの強みについて教えてください。

東海林「NTTグループは北海道から沖縄まで、全国の電柱・地下管路・道路設備などを1グループで管理しています。この全国ネットワークを通じて、長年にわたり膨大な点検データを蓄積してきたことが、私たちの最大の強みです。
他社では地域単位でのデータ保有が一般的ですが、NTTのように全国規模で統一されたデータ基盤を持つ組織はほとんどなく、このスケールの広さがAI解析や腐食予測の信頼性を支えています。」

――AI診断技術はどのように発展してきたのでしょうか。

東海林「最初から腐食深さの推定に取り組んだわけではありません。サビの検出、コンクリートのひび割れ、鉄筋の露出といった基礎的な検出技術を一歩ずつ積み重ねてきました。
その結果、2022年にサビ検出AIを完成させ、2024年10月には腐食深さの推定技術を発表し、そして2025年4月には、将来的な腐食の広がりを予測する世界初の技術を実現しました。こうした段階的な発展が、現在の高精度AIにつながっています。」

――NTT独自の優位性はどこにあるとお考えですか。

東海林「やはり全国規模で数十年にわたり蓄積された点検データを活用できる点です。過去のデータには、サビの発生状況や広がり方など、経年変化を追跡できる情報が多く残っています。過去から現在まで連続した劣化履歴を持つデータ群は非常に貴重です。
また、地域差にも対応可能で、例えば北海道と沖縄では温度・湿度・塩分濃度が全く異なるため、AIモデルがそれぞれの環境条件を学習するよう設計されています。」

――自治体とのデータ連携や地域対応はどのように行われているのでしょうか。

東海林「現状では、自治体が保有するデータとNTTの保有データを組み合わせてAIを運用しています。たとえば今回の腐食深さ推定技術は熊谷市のデータを基に学習していますが、北海道など気象条件が異なる地域では、地域専用のAIモデルを構築する必要があります。
その際は、現地で一部の腐食箇所を実測してAIの学習データを補完するなど、地域特性を踏まえた実装を進めています。こうした柔軟な運用体制が、全国的なスケールでの展開を可能にしています。」

NTTが描く協働するAI、連携する社会

引用:株式会社NTT e-Drone Technology 公式HP

――今後の展開やソリューションの方向性について教えてください。

東海林「日本全国で人口減少と技術者の労働人口の減少が進んでおり、社会インフラの維持管理コストが増大している点が大きな課題でした。
これまでのように“人が現場に行って点検する”だけではインフラの維持は困難であり、限られた人員でも高効率に維持できる技術が求められています。
そうした社会的背景を踏まえ、NTTとして持続可能な社会インフラ管理を実現するための技術検討を重ねてきました。」


東海林「まずは熊谷市で構築したAIモデルをベースに、他の自治体から要望があれば、地域ごとの気候や環境条件に合わせてAIをチューニングしながら展開していく想定です。
地域特性に合わせた最適化を行うことで、全国規模での導入を現実的に進めていきたいと考えています。」


――NTTが目指す社会インフラの未来像を教えてください。

東海林「これまでは通信設備を中心に取り組んできましたが、今後は橋梁・鉄塔・ガードレールなど社会インフラ全体を対象に拡大していきたいと考えています。
最終的にはNTTだけでなく、自治体や建設業界、エネルギー分野など、社会インフラを担う多様な組織が連携し、共通の課題をAIで解決する世界を目指しています。
現地作業を減らしつつ、安全で効率的な点検を実現することで、社会全体の持続可能性と産業の発展につなげていきたいです。」

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