地方では、インフラ設備の老朽化が進み、特に上下水道、工場設備、医療機器、空港施設といった重要インフラにおいては、故障やトラブルの予兆をいかに早期に捉えるかが、地域住民の安全と利便性の維持に直結する重要な課題となっています。
一方で、これらのインフラを維持・管理するための点検や保守作業を担う人材の確保が、年々困難になってきています。インフラ点検を実施する建設業全体の就業者数は20年間で約140万人減少し、2024年時点で477万人と低水準になっています。さらに、建設業に従事する60歳以上の技能者は全体の約4人に1人(25.7%)を占めており、今後10年以内にその大半が引退する見込みです。また、29歳以下の若年層はわずか11.7%と低水準であり、次世代の担い手不足と技術継承の遅れが深刻な課題となっています。
このような人手不足の状況下では、現地に赴き、目視や聴取によって異常を確認する従来の方法だけでは限界があり、より効率的で正確な点検手法の導入が強く求められています。
厚生労働省の調査によれば、全国の水道管のうち法定耐用年数である40年を超えた管路の割合は22.1%にのぼり、更新率はわずか0.64%にとどまっています。こうした背景から、漏水や設備故障が顕在化するまで気づかれず、結果として大規模な被害や高額な修繕費に発展するケースも少なくありません。
さらに、国土交通省が策定した「インフラ長寿命化基本計画」では、老朽化インフラの維持管理に対する危機感が明確に示されており、今後はAIやセンサーを活用した予防保全型の管理体制への転換が必要不可欠であるとされています。とりわけ上下水道施設においては、漏水や異常音をリアルタイムで把握することが、日常生活に直結する災害や事故を未然に防ぐ鍵として期待されています。
こうした課題に対し、音声AIを活用した異音検知システム「FAST‑D」が有効なソリューションとして注目されています。このシステムは、機器や配管から発せられる微細な異音をAIが解析し、通常とは異なる振動や音の兆候をリアルタイムで捉える仕組みです。特に上下水道の漏水検知においては、調査範囲を大幅に絞り込むことが可能となり、作業負担の軽減や早期修繕の実現に貢献します。加えて、自治体の維持管理にかかるコスト削減にも寄与する点が高く評価されています。
引用:厚生労働省 令和6年水道行政の最近の動向等について
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001212470.pdf
引用:帝国データバンク 令和6年 建設インフラ関連企業の動向調査
https://www.tdb.co.jp/report/industry/20250307-infrastructure
引用:国土交通省 令和6年 建設業における人材確保に向けた取り組み
https://jsite.mhlw.go.jp/niigata-roudoukyoku/content/contents/4_060829ngtjinzaikakuho_seibikyoku.pdf
引用:国土交通省 令和6年 インフラ長寿命化計画(行動計画)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/_pdf/chozyumyou2kaitei_honbun.pdf

事業責任者 高須賀氏
音の異常から人手不足と設備トラブルを同時に解決する
ーー貴社ではAIと音の異常検知のソリューションを展開しておりますが、そもそもどのような課題の解決を目指されたのでしょうか?
高須賀「解決したい課題は大きく3つあり、1つ目は、潜在的な故障の予兆を捉えて、重大な故障やダウンタイムを未然に防ぐことです。特に、日本の設備保全の現場では、人手不足が深刻であるためこの課題を解決したいと考えています。2つ目は、担当者によって点検のレベルが変わってしまう点検品質のバラつきの課題です。そして3つ目は、時間基準保守、いわゆるTBM(Time Based Maintenance)*による無駄です。決まったサイクルで点検や交換を行う運用では、まだ使える部品まで無駄に交換してしまうという非効率が避けられず、その点を改善したいと考えています。」
※*TBM(Time Based Maintenance):一定の時間間隔や使用期間ごとに機械や設備の点検・交換を行う保守方法
ーーもともと貴社は音を強みにされていますが、その「音」と「異常検知」を結びつけた背景について教えてください。
高須賀「我々は元々、音や音声認識の技術を得意としていました。そこから、『音』というキーワードで何ができるのかを探るアプローチを進め、異音検知もその中でできそうだと見えてきたものです。会社としても『音』という切り口を大事にしたいという思もがあり、その延長線上に現在の取り組みがあります。」
山形県企業局で実証、音とAIが実現する送水ポンプの状態基準保守

Hmcomm株式会社は、AI異音検知を利用することができるサブスクリプション型のプラットフォームであるFAST-Dを展開しています。
人工知能技術者でなくても異音検知用のAIモデル作成とメンテナンスができ、機械やモノ・生物が”正常稼働している場合”の音と、”異常な状態になっている場合”の音を機械学習させることで、安定的なモニタリング、異常発見、予兆検知などを行うことができます。

ーー貴社が展開している音とAIのソリューションについて教えてください。
高須賀「工場や施設内で異常な音をリアルタイムで検知し、早期の問題発見と対応を可能にするソリューションです。異音を検知することで異常を把握し通知もでき、データを蓄積することもできます。具体的な事例としては4つあり、1つ目はビルの保全で、ビルの設備を監視して早めに保守対応したいというニーズがあります。2つ目は風力発電、風車の異常を早期に発見し、緊急対応の費用を抑えることができます。3つ目は水道、特に遠隔地にあるポンプであり、リプレース時期を最適化できます。最後4つ目は工場の製造設備で、異常音を検知して生産ラインの停止を未然に防げますので需要は非常にあります。」
ーー山形県企業局との取り組みについてお聞かせください。
高須賀「はい、最初は山形県企業局様側からお問い合わせをいただいたところから始まり、当時はビルメンテナンスの実績こそありましたが、今回のような送水ポンプでの活用はまだ実績がありませんでしたが、それでも『やってみましょう』ということでスタートしました。今回の取り組みでは、先ほどお話しした社会課題の3つ目、つまりAIが異常音を検知することで、決められた時間ごとに機械や設備を点検・交換する時間基準保守から、設備や部品の実際の状態を見てから、必要なときだけ点検・交換する状態基準保守に切り替えることで、保守コストを下げることを目指しました。」
高須賀「例えば、安い部品なら定期的に交換しても問題ありませんが、大掛かりな設備になると話は別です。まだ使えるのに決められた時間ごとに取り替えてしまうのはもったいないという部分もありつつ、何かあった時のリスクを考えると結局は安心を買う意味で決められた期間で交換せざるを得ない状況になっています。その部分を、我々のサービスで常に状態を把握できるようにすることで、無駄を省きつつ、安全性も確保できるようになります。」
ーー具体的に送水ポンプの異常検知は、どのように実現されているのでしょうか?
高須賀「送水ポンプの異常検知は、正常時の音と現在の音の乖離度合を、特別な計算方法で算出する仕組みです。送水ポンプが劣化したらこういう音が出る、という特定の音を覚えさせているわけではなく、状態が変わると音に変化が現れるという考え方が基本です。一般的に保守の現場では、振動や音の変化を通じて設備の状態変化を判断します。これは、工業的に『PF曲線』*と呼ばれる概念がベースです。つまり、劣化や何らかの変化が起きると、まず振動が変わり、次に音が変わり、さらに発熱、最終的には発火といった現象が起こるとされています。
*PF曲線:PF曲線とは、設備が時間の経過とともに劣化し、状態が悪化する様子を示した図です。P点は異常の兆候が現れる時点、F点は実際に故障する時点を表します。P点からF点までの間に点検や保全を行うことで、故障やトラブルを未然に防ぐことができます。

高須賀「ただ、振動センサーは設置箇所が多くなりがちですし、直感的なデータ検証が難しい。カメラでの発熱や発火の確認も、実際に問題が発生してからでは遅いため、そうした課題を考慮すると、『音』というアプローチが非常に有効なんです。音ならセンサーを貼り付ける必要もなく、データの妥当性検証も、音を聞くだけで直感的に判断でき、専門知識がなくても、異常の有無を確認できるのが大きな強みです。」
人手不足時代の切り札、新たな保守・メンテナンスの在り方

ーー今回の山形県企業局との取り組みの知見を生かして他の自治体でもサービスを広げていく考えはありますか?
高須賀「はい、あります。今回の送水ポンプの事例は非常に重要だと考えています。山形県企業局様では、時間基準の保守をやめて、状態基準の保守に切り替ていくことを目標にしています。さらに、これまでは巡回計画を立てて、一定期間ごとに現地へ行っていましたが、音を毎日モニタリングすることで、異常がなければ無理に行かなくてよくなるような保全サイクルに移行できることに期待を寄せています。「おかしい音の情報が増えたタイミングで現地へ行く、そういう運用に変えていく、その結果最適な保全業務につなげられた。」といった実績ができれば、他の自治体にも具体的な成果として伝えられますし、協業に向けても進めやすいと考えています。」
ーー今回の山形県企業局との取り組みに関して、反響はありましたか?
高須賀「水道関連ですと、専門の業界誌より、お問い合わせをいただきました。また、この仕組みは水道に限らず、ビル空調設備や工場設備、ガスプラント設備、発電設備といったものにも活用ができます。例えば、成田国際空港様との取り組みでは空港内の空調設備の保守効率化に向けた取り組みを進めております。空港やガスプラントは広いため、1~2km先に保守対象設備があるなんてことも普通にあるので、その保守を効率化したいというのが背景にあります。また、今後人手不足が予想されているため、今のうちからAIを活用し業務効率化につなげ、安定的に保守業務や維持管理を続けられる状態を作りたい、というニーズがあります。」
ーーこの「FAST-D」の技術について、難易度や競争優位性はどのあたりにあるのでしょうか?
高須賀「かなりニッチな分野であり、難易度は高いと思っていますし、参入障壁もある技術です。もちろん他社が時間をかけて取り組めばできるようにはなると思いますが、今から参入する会社はあまり多くないと思っています。幸いにも当社は異音検知の技術的な確立を達成できているので、現在は商用実績の獲得を進めているところです。いくつか課題はありますが、そこをクリアしながら第一人者を目指して、しっかり取り組んでいきます。」
実績を上げた音とAIが可能にする省人化の技術力

ーー今後の展開についても教えてください。
高須賀「自治体様向けの場合、やはり皆さん一番手としての導入には慎重です。今回の山形県企業局様は『やってみたい』と積極的に言っていただき、本当にやる気を持って一緒に取り組んでいただけていることに大変感謝しております。特に東北地方をはじめとした地方はインフラ維持に対する課題が深刻で、人手不足も相まって新しい技術への期待が高まっていることを肌で感じております。例えば、地方自治体では遠隔地の保守対象設備まで車で片道1時間かかることも多く、それが1カ所2カ所ではなく、もっとたくさんあるケースが多いです。行って帰って2~3時間、その負担を限られた職員で対応するのは相当大変なので、当社のAIを活用した異常音検知の仕組みで課題解決に寄与できる部分は大きいです。今回の実績をもとにさまざまな自治体様とお話しできればと考えています。」

